塾長@南砂小学校 2006年7月~11月 

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「塾講師との連携」というテーマで江東区立南砂小学校で教鞭をとらせてもらいました。以下はこのときのレポートです。

jukucho@ms 

いきさつは省略して、江東区東陽町の高層の団地内にある南砂小学校で「塾講師との
連携」とのことで40時間教鞭をとらせてもらうことになった。まずはサマースクール
(夏期講習)からであった。1・2年の講習を10時間、そして私の塾では算数+工作教
室を実施しているが、これを「わくわく算数教室」としてサマースクールの目玉にしよ
うとの話がでた。私の塾では算数とは直接関係のない工作もやらせているが、今回は算
数関連の工作ということで、今まで塾生に作らせたものをから算数関連のものをやるこ
とになった。

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「わくわく算数教室」小4を1回、と小5・小6合同のを2回、各回2時関ずつするように依頼された。そして2時間授業の「わくわく算数教室」(算数関連の工作教室)小4を1回、と小5・小6合同のを2回するように依頼された。講習の初日は小5・小6の算数工作(わくわく算数教室と銘々された)。第1回目の工作予定は私が考案して、塾生にも作らせていた「平行四辺形の仲間と対角線のモデル」、2回目の工作教室は「円の面積を求める模型」。双方とも工作速度の個人差が塾以上に出て、2、3人の先生方に手伝ってもらっても未完成の生徒が結構出た。やはり塾とは違う。時間計算が甘かった。

工作が終わってから出来上がった作品を使って色々やりたかったのだがタイムアップ。
時間延長をしたかったが、20分帰りが遅れただけでも親が心配して電話をかけてくるそうだ。小学生が犠牲になる酷い事件が続いたせいか、いやはや小学生にとっても住みづらい世の中になったものだ。3回目の工作教室は小4対象。なにしろ小学校の図形の単元が大幅に減少。合同も対称図形も錐体も回転体もない。5・6年生にやらせた「平行四辺形の仲間と対角線のモデル」はかつては小4の単元であったが、2002年以降は5年になってしまっている。何にしようか悩んだあげく日本には江戸時代からある「知恵の板」を立体的にして作らせることにした。これは一種のパズルである。前2回の反省から今回は絶対に時間内に完成させて、そのあと作ったもので遊ばせようと準備万端にして行った。今度はかなり早く全員完成し、それを使って色々な形を作らせた。図形の観察力も小4では既に相当個人差がついていると再認識した日でもあった。

 サマースクールはこの3回の工作教室以外では小1・小2の講習が計10時間あった。講習と言っても授業形式ではなく、生徒にテキストを自習させ、2人の教師がわからないところを教えたり、丸つけをしてやったりするものだった。低学年は久しぶり。2年生よりも1年生の方が質問が多い。やはり1年分スレていないものなのか・・・。

 9月以降は2期に分けて12時間くらい小6と、小5をチームティーチングですることになった。小6は習熟度別編成で3クラスに分けた中の一番上のクラスを受け持ったが、習熟度別編成といっても塾の様なシビアものではなく、学年の半数が一番上のクラスというものであった。であるから学力差、作業速度の差は相当あった。現在の小学校では問題解決学習というものを積極的に行っているようで、私も1回見学させてもらったが、すぐ真似出来ることでもない。勿論、塾では生徒がわからないときにいきなり教えたりはせず、かなり考えさせてからヒントを与えるというようにしているが、それとは全く別で、私なりにどうやろうかと悩んだが、結局普段やりなれていないことをやっても生徒に迷惑くだろうと思い、無理せずに普段の感じでやることにした。単元は「単位あたりの量」。進度は1回に1ページくらいと聞いて、そんなに遅くて良いのかと思ったが、実際にやってみるとそれで精一杯。個人差が大きすぎる。早く終える子は退屈しておしゃべりをし始める。そこで算数担当の先生方と打ち合わせの時、「プリント類が欲しい」と聞いたのを思い出し、塾講師の特徴を出さなければ意味ないと思い、色々作ってみた。今まで作ったプリント類は沢山あるが、受験用や旧指導要領の範囲のもので、今回はあくまでも学校の授業で使う物であるから、学校で習った範囲の知識で出来るものでなければと新しく用意した。「博士の愛した数式」から「友愛数、完全数」の問題を作ったり、「チャレンジ」として入試問題からピックアップしたりと、これも結構手間がかかったが、逆にあとで塾でも使えるし、問題が早く出来て「暇な」生徒にはもってこいだった。

 

 小5の単元は「少数のわり算」。今度は習熟度別編成ではないので、学力差は予想通り更に大きかった。従ってやはり先に終わって退屈そうにしている生徒用にプリントを作った。これは結構評判が良かったようである。
 予定の40時間が終わって数日後、小5の生徒対象のアンケート結果を副校長先生がファックスしてくださった。恐る恐るみたら、私に対する評価が意外と高いのでビックリ。「わからないところを丁寧に教えてくれた」と言う回答が一番多かった。プリントも好評だった。「チョークを折らないでください」というのには参った。普段はホワイトボードで黒板を使うのは20数年ぶり。ついホワイトボードの感じで書いてしまうので何度もバチーンとやってしまったのである。私としては「もっと上手く教えられないものだったか」「プリント類を早くからもっと多く作って塾講師らしさを出すべきだった」など反省点だらけであった。

 話は変わるが、方向音痴の私は、はじめの頃は駅-学校間は迷わぬよう大きな道を迂回して行き帰りしていたが、時間に余裕があったとき、近道はないかと団地の中に入って見た。すると見たことのない情景に遭遇した。私の見慣れている団地、特に地元の団地は5階からせいぜい8階くらいの棟が3、4並ぶもの。そして棟と棟の間は若干木が植えてあったり、小さな広場があったりする程度の殺風景なもの。しかしここは違った。

なんと団地の中に商店街があり、魚屋、肉屋、パン屋、レストラン、そして、歯医者から郵便局、銀行まである一つの町であった。あとで人に訊いてみたら、別に珍しい物でもないようであるが、私にとっては新鮮そのものであった。別世界に入ったような感さえした。そして授業が終わったあと帰りの道もこの団地商店街を通った。そして何回目かにパン屋の脇のベンチに座り、自動販売機で何と100円のコーヒーを買って呑んでほっと一息つくのが常になってしまった。ポカポカした日差しの中、ボーッとして辺りの風景を見つめる。人工的であるが結構木が植えてあり、近所のオジサン、オバサン達
がしゃべりながらくつろいでいるベンチ。いつの間にか私はここがえらく気に入ってしまって、毎回ここで缶コーヒーを飲んでボーと一息つくようになってしまった。

実は学校の教壇に立つのは学生時代の教育実習以来。塾教師歴35年の私であるが、何とあろう、あの教育実習の時以来のプレッシャーを最後まで感じていた。であるから授業が終わり非日常の学校という場からから出てプレッシャーから解放されたあと一息つく場、しかもそれも団地内の商店街という非日常の場でのひととき。大げさに言えば異空間体験である。わたしはこの瞬間が大好きになり、秋になってからはこれが楽しみで通っている感すらあった。そして商店街から出ると遊歩道。またベンチに座りボーと一息。100m歩くと永大通り。全く別世界。この瞬間もとの世界に戻り、何かシラーっとする。

 最後の授業が終わったあと、この日は幸い時間があった。名残惜しくて団地内を1時間散歩した。勿論パン屋のベンチで寛いだ。旅行の最後の日、駅の周りをぶらつく様な気分だった。そして永大通りに出ると、それは列車が新宿駅に到着したときの様な気分であった。この4か月間、中村基和という1塾教師は南砂小学校に旅、そう心の旅をしていたのである。




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