川村カオリさんの思い出

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7月21日(火)午前11時、ロック歌手の川村カオリ(本名:かおり)とてつもさんが乳癌でなくなりました。享年38。あまりにも若すぎる死でした。
 実は彼女は当塾のOGでした。中学3年になったとき塾の近所の中学校に転校してきました。ロシア人とのハーフの女の子が転校してくると聞いて男子生徒達はルンルンだったそうです。彼女と仲の良い塾生のSさんが当塾に彼女を紹介してくれました。最初お母さんと会ったとき、日本語が危なく「宿題」という言葉が出て来なく、「宿題ですね?」と言ったら「ハイ、シュクダイ デス」と答えたのをよく覚えています。

 かおりさんは素直でとてつもなく明るい生徒で、騒々しいくらいでした。しゃべるのが好きで一人でまくしたてていましたが、多少日本語が危ないので途中でろれつがまわらなくなってしまうこともよくありました。NT先生という駄洒落の好きな先生がいて、いつも生徒達はシラーっとしていましたが、どういう訳か彼女だけは喜んで笑っていました。やはり他の一般の生徒達とは感覚が違うのかなっと思ったものでした。勉強の方は、数学が大の苦手。英語は得意とは言えませんでしたが、流石バイリンガルだなっと感じさせる語学的センスカンを感じることがありました。目指す都立高校に合格、入学し、当塾にも高1まで通っていましたが、その後イギリスに渡りました。

 かおりさんは小中学校時代いじめにあったと報道されていましたが、少なくともこちらの中学校に来てからはそんな様子はありませんでした。同級生達と和気あいあいにやってましたし、最近OBの元同級生達に話を訊いてみてもいじめなんてなかったと口を揃えて言ってました。どうもマスコミは刺激的な部分だけを報道するようです。

 渡英数年後、どこかで「翼を下さい」が話題になり、私はオリジナルの「赤い鳥」バージョンのことだと思っていたら何と「川村カオリ」が歌ってるバージョンのことだと聞きびっくり!いつの間にか歌手になっていたのです!当時の同級生の元教え子達とよく話題にしました。

 
かおりさんは主として当時あった東高円寺教室に通っていましたが、10年くらい前その教室を締めることになり、片付けをしていたところ、川村(一)、川村(二)とマジックで書いてあるジュースの空き瓶が2つ見つかりました。下の写真です。当塾では通常授業のときは教室への飲食物の持ち込みは禁止しているので、多分、講習会の長時間授業のときのものだと思いましたが、なんでこんなものが残っていたのだろうと不思議に思いました。それから丸で囲んだ一、二の文字も何か不思議に感じました。彼女がもっと有名になったらもしかしてお宝グッズになるかもと思って教室の記念としてドアのプレートと共に持ち帰りました。しかしそれがまさか遺品になるとは・・・・・寂しい限りです。

 中学生時代のあの明るい笑顔からは想像出来ないほどの壮絶な人生を送ったのですね。そして最後の最後までステージに立つ心意気。敬服します。

 かおりさんのご冥福を心よりお祈りいたします。

《合掌》

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